川田つよし後援会
島根県津和野町議会議員  川田 剛 のブログ
議会視察報告
~三重県明和町~

平成25年8月に、津和野町と三重県明和町は「友好交流協定」と「災害時の相互応援に関する覚書」を締結する予定でしたが、当町の豪雨災害により延期され、平成26年1月に締結しました。

もともと明和町と、津和野町との関係は、両町長が全国史跡整備市町村協議会の役員同士で、明和町さんから同規模で同じくして史跡のある3町(京都府与謝野町)で協定を結ぼうという提案がありました。

平成26年5月、明和町長と明和町議会が津和野町にお越しになり、交流を深めました。その際、次は津和野町議会が明和町を訪ねることを約束しました。



去る11月1日、津和野町議会は議会視察で三重県明和町を訪ねました。

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明和町は、三重県の中央部(伊勢市の隣)にあり、面積は41.04k㎡、人口約23,000人の町で、伊勢湾に面し、丘陵地帯と平野部に位置しています。平成27年には「祈る皇女斎王のみやこ 斎宮」が日本遺産の認定を受けています。

*斎宮=飛鳥時代の674年から南北朝時代にかけて、伊勢神宮に奉仕した斎王の御所
*斎王=伊勢神宮に巫女として奉仕した未婚の内親王または女王

この度、津和野町議会は「明和町における歴史文化を生かしたまちづくり推進策」を視察の重点項目におきました。

明和町では、古くから「斎王の森」と呼ばれる一画が斎王の御殿があったところとして語り継がれていました。
昭和44年、団地造成開発に伴う発掘調査を実施したところ、斎宮跡とみられる遺跡が見つかり、昭和54年に国指定史跡となりました。指定面積は東西約2km、137.1haで明和町の3.35%を占めています。
発掘調査では2,661点の出土品がみつかり、斎宮は方格地割(いわゆる碁盤目)だったということがわかりました。
発掘調査は進んだとはいえ、埋蔵文化財であるがゆえ町民の関心は薄く、伊勢神宮との関連が深いとはいえ、協力体制が整っていないなど、上手く活用ができていませんでした。
そこで明和町は平成22年に斎宮跡を核とした町の活性化基本方針を策定、平成24年に歴史的風致維持向上計画の認定を受け、重点的な整備を進めてきました。
これまで進めてきている主な整備は以下です。
*散策道整備
*遠路の整備
*斎宮駅史跡公園口整備
*史跡公園整備
*幹線排水路整備
*幹線道路案内標識整備
*情報板整備
*斎宮跡景観形成

そして平成27年「祈る皇女斎王のみやこ 斎宮」が日本遺産の認定を受けました。

上記は、明和町役場において説明頂きました。


このたびの視察では、歴まち、日本遺産、役場庁舎の老朽化など津和野町と共通する点が多々ありました。

明和町ではちょうどレンタサイクルを開始していました。WiFi接続エリアを整備していました。斎宮をVRで再現しようという試みもなされています。

私たちは「史跡公園さいくう平安の杜」「いつきのみや歴史体験館」「斎宮歴史博物館」で整備された施設等を見学させていただきました。そこで感じたのは「斎宮ってこんなにすごいんやで!」「斎宮の歴史っておもしろいんやで!」という思いの重要性でした。

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史跡公園さいくう平安の杜
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斎宮御殿があったとされる場所のど真ん中には近鉄電車が・・・。


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再現された正殿

最低限の観光インフラは当然必要ですが、同時にその文化財がどれほど貴重で、希少で、魅力あるものなのかが理解されなければ、町民さえ関心は薄くなってしまいます。

全国に観光資源は多々あります。似たようなものもあります。神社仏閣、古い住宅、きれいな海や川、古い絵、高い山などそれぞれ違えど、歴史や背景は全く違うもので、その違いがいかに違うかによって、あるいはいかに優れているか、愛されているかによって価値は違ってきます。

自治体が文化財を残すということは、住民がその違いに誇りをもっているかどうかで、観光資源として活用していくためにはその住民が愛情を持って語れるかではないかと感じました。

前日の夕方、三重県入りした私たちは、日没までのわずかな時間で伊勢神宮を参拝させていただきました。現地ガイドさんにご案内いただいたのですが、偶然にもその方は明和町ご出身で、明和町の観光大使をも務めていらっしゃる方でした。短時間で非常にわかりやすく興味を抱かせるガイドさんでした。

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天照大神の和魂が祭られているお社に参拝


明和町では、博物館の館長さん自ら展示物のひとつひとつを熱く詳細にご案内頂きました。

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斎宮歴史博物館

私自身は斎宮、斎王について全くの無知でしたが、ひとつひとつに大変興味をもちました。当然また行きたいと感じました。

明和町では「まだまだ住民の理解が薄い」とのことでしたが、斎宮跡に携わっておられる方々があれだけ熱く誇りをもって語れる方々ですから、今後十分理解される可能性は高いであろうと思います。

津和野町が今後何を取捨選択するかのポイントになるのではないかと深く考えさせられる視察研修でした。
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[ 2016-11-15 (Tue) 14:49 ]  
   Category:研修報告